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天平年間(奈良時代)、行基菩薩が当地に来られたとき、山上より火出て海に入り、また海より火出て山に昇る奇瑞を見て海士に綱を引かせたところ、過去七仏の如意宝珠の舎利塔を得た。菩薩は伽藍を建立しこれを納め、宝珠山如意寺と号された、これが當山の開基であるそうです。本尊は菩薩一刀三礼三年と伝えられる十一面観世音菩薩であり、また鎌倉時代後期、伏見天皇は当寺に深く帰依され、正四位行左馬頭藤原定成を勅使として「如意寺」墨書の勅額を下賜された。当時は、院家十二坊の伽藍を有し栄えたが、応永年間(室町中期)の兵火でその多くが消失した。しかし、戦国期の天文、江戸期の寛文・寛延・寛政、また明治後半に大復興事業が行われるなど、往時より参籠・参拝する者常に絶えず、「萬人帰依の祈願寺」として今日に至るそうです。
如意寺は久美浜湾が眼前に広がり、行基菩薩の伝説もなるほどと思われます。
不動堂は日切不動明王を安置。昭和五十八年新改築。我が国唯一の重層宝形造。(高さ26m)和様・唐様・天竺様を融合した珍しい様式。設計・施工は、金閣寺再建にも関わった現代の名工・中村淳治棟梁・薬師如来・毘沙門天・役行者も安置。
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yasuogino
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